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私は主に被災した県立大槌病院の仮設診療所(小槌神社内)に勤務となりました。内科医師が主に手掛けた診療所ですので、外科や整形外科系の器材がなく、私たちは茨木市から現地に器材を持ち込みました。患者の多くは慢性疾患で、長期の仮住居で精神的、肉体的にも衰弱している方が殆どでした。外傷の多くは壊滅した自宅の瓦礫をどけた時や、食事の仕込みの時の怪我が多かったです。復興が進むにつれ屋外に出る方が増加した時に事故が多発する恐れがあります。今後の対策として大槌町は岩手県の中心地の病院と医療連携を考えています。
私は避難所である体育館(寺野弓道場)で、避難した多くの人を精神的・肉体的にサポートする植田俊郎医師に出会いました。植田医師は自宅兼診療所が津波の被害に遭い自身も被災者であるのにも関わらず、診療所からダメージのない機材や薬等を体育館に運び、『これまでお世話になった方々への恩返し』といって無償で治療をしていました。 →
2011年7月 植田医師からお手紙を頂きました。
『人の噂は75日』と言われます。これほどの被害に遭った大震災であっても人々の関心は時間と共に薄れていくでしょう。しかし、実際に被災に遭われた方々はそういうわけにはいきません。復興には時間がかかります。
今後、私達がしなければならないことは、被災地の方々から発信される情報に耳を傾け、支援を継続的に行うことではないでしょうか。
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